ブランド
「これは良い!」納得できる品にこだわって
佳実窯
- 1946年
- 大谷焼
- 瀧野佳宏
歴史
阿波藍とともに発展した大谷焼
大谷焼は徳島県鳴門市大麻町大谷でつくられている約230年の歴史をもつ陶器です。
徳島県に焼き物が登場したのは、江戸時代後期のこと。
1780年、四国八十八カ所霊場の巡礼に豊後国(大分県)からやってきた焼き物細工師・文右衛門(ぶんえもん)は阿波国大谷村を訪れた際にろくろの技術を披露しました。
里人は初めて見た妙技に驚き、藩主・蜂須賀治昭公(はちすかはるあきこう)も焼き物に大変興味をもちました。
1781年、蜂須賀氏はさっそく染付磁器の制作を目指して藩窯を築き、九州から職人を集め原材料を取り寄せましたが、採算が取れずに3年後には廃止となってしまいました。
その藩窯の創成に関わった藍商人・賀屋文五郎(かやぶんごろう)は、江州(滋賀県)から信楽焼の職人を連れてきて、弟の平次兵衛(へいじべえ)に技法を習得させました。
1784年には登り窯を築き、陶土と釉薬を地元の萩原と姫田から調達して、藍染用の甕(かめ)や水甕などの大物陶器の生産を始めたのです。
阿波国は古くから藍の生産が盛んで、1615年には藩の保護奨励産業となり「阿波藍」と呼ばれるブランドに成長。
藍玉を入れて発酵させ染液をつくる甕は必要不可欠なものでした。
特徴
気どりのない優しい風合いの大谷焼
藍染用の甕などの大物陶器をつくる技法は「寝ろくろ」と呼ばれ、職人の1人が作業台の下に寝転んで足で蹴りながらろくろを回します。
その大物陶器を焼くための登り窯は、日本一の大きさを誇っています。
現在は、大物陶器だけではなく皿やコーヒー碗、酒器など日常的な生活雑器も多くつくっています。
大谷焼の原材料となる土は粘土質で鉄分を多く含み、手にすると素朴で健康的な優しさが感じられます。
ざらりとした風合いの中にほのかに光沢があり、親しみやすい印象です。
代表的なこげ茶色、いぶし銀のような深い銀色、鉄分を活かした赤色、目に鮮やかな青色など彩色はさまざまですがどれも派手さを抑えた実直さがあり、心をおだやかにしてくれます。
お客様へ
土の温もりを味わってほしい
大谷の小さな陶郷で75年続いている窯元です。
3代目の私は現在、釉薬をかけずに焼く「焼〆陶」や、窯の中で変化をおこして面白い色や文様になる「窯変(ようへん)」、草木の灰からできている「灰釉(かいゆう)」などによる食器やオブジェ、花器等を制作しています。
自分自身が「これは良い!」と思えるものを生み出すことにこだわりをもって、日々励んでおります。
焼成まで一貫して自らがおこない、丹念に制作しております、是非、土がもつやすらぎや温かさを味わってください。
受賞歴
1990年 国際ビエンナーレ展 入選
1995年 日本新工芸展 入選